2011年1月31日月曜日

黒夢シークレットライブ1分に思う

黒夢、約1分で復活ライブ中止! 
12年ぶりに完全復活したロックバンド・黒夢が、新宿ステーションスクエアでシークレットライブを行ったが、開始約1分で中止する事態となった。黒夢は99年1月29日に無期限活動停止を発表。09年に一夜限りの復活&解散ライブを行ったが、10年に活動再開を宣言していた。 ...(2011.1.29 時事通信)


新宿を拠点に開催しているTOKYO BOOT UP!としては、ンンンン・・・と、他人事ではありません。

今年はアルタ前のスペースも無料特設会場に考えていたからです。新宿警察署の監視がこれから厳しくなるかもしれませんねぇ。
日頃ストリートライブのミュージシャンたちが交番のお巡りさんらと阿吽の呼吸でコツコツ創り上げてきた環境がしばらく自制を強いられることは間違いないでしょう。

昔々エルビス・コステロの銀座通りを2tトラックでライブ敢行に携わった体験から、同種の企画段階の舞台裏で交わされる会話は容易に思い起こされます。とにかくこの手は確信犯と言われるのがオチ。当然覚悟のうえでしょうが。よろしくです。

2011年1月29日土曜日

空気公団

名前といい、毎作毎作、この人達は、ほんとうにセンスが好い。
ミリ単位のところまで行き届かせた愛情というものが感じて
こんな寒い週末にもってこいだ。
この人達、達人ですもの。

♫ 空気公団 なんとなく今日の為に

新作「春愁秋思」 2月16日リリース

2011年1月28日金曜日

ロビー・ロバートソンが久しぶりの新作

ロビー・ロバートソンが(といっても若い人たちには、?でしょうが)久しぶりに新作「How To Become Clairvoyant」を4月5日に発表します。「千里眼になる方法」という意味のタイトルは、いかにもバンド的であります。ワクワク。

昨年よりマーティン・スコセッシとの映画プロジェクトで久しぶりに活動ぶりを耳にする程度で、バンドの元盟友レヴォン・ヘルムに比べたらここ何年かのリリース活動が停滞していましたから楽しみです。

EPK(エレクトリック・プレス・キット)で新作を語っています。

参加ミュージシャンは、Eric Clapton,Steve Winwood,Robert Randolph,Trent Rezor,Tom Morello他。

以下要約です。

自分が経験した事が色々表面にあがってきた(思い出した)こと。そしてその経験を説明したアルバムです。
アルバムの事の起こりは、もう何年前にもなる話で、Eric Claptonと一緒にプロジェクトをやろうとなった。
その時二人は色々な自分のストリーを話しあったり、音楽のアイディアを録音したのです。  
エリックがツアーに出たり、ぼくも違うアルバムを作り始めて、プロジェクトは長年進まずにいました。
そして何年後にその時の音楽のアイディアを聞き直したら、思ったよりもいい物だったのでエリックに電話し聞いてもらい、彼が"Let's do it"となったわけ。
エリックは本当にぼくをインスパイヤ-してくれた。エリックは「songwritingはあなたの物、ぼくはサポートする為になんでもやる」と言ってくれました。

若い人にとっては、The Bandなどまったくの無名無力なのでしょうね。有名超有力の真実を教えたくなります。ムズムズ。

ボクの数少ない自慢に、ザ・バンドのオリジナルメンバー5人全員に会ったことがあります。今度ゆっくり…

2011年1月27日木曜日

ラジオ出演

先日ラジオ出演をしてきました。
スタジオに入って初めて、ひとり収録と聞かされ、直ぐに汗が吹き出しました。「聞いてない聞いてない」と汗がタラ~ッ

ツ~訳でその番組とは、昨年10月に始まった文化放送の「トランジスタラジオ」(毎週日曜21:00~21:30)。
言わずと知れたRCサクセションのヒット曲「トランジスタラジオ」を番組名にしたものです。

内容は、中高大学生のみなさんへ、まだ売れていないけどすごいバンド、放送向きではないけれど面白い音楽など音楽シーンをもっと面白くする番組です。
まさにTOKYO BOOT UP!にピッタリ!!

さてどんなバンドや曲が紹介されるのやらは、乞うご期待!

オンエア日は、2011年1月30日(日)21:00~21:30です。
是非お聴き逃しなく!

しかしどうにもこうにも、何度やってもうまくいきませんなぁ。

2011年1月26日水曜日

SXSW2011 日本からのエントリー審査結果

この時期になるとSXSWのニュースが増えてきます。
今年で25周年目を迎えるSXSW.早いものです。ボクが始めてSXSWへ参加したのが、1994年だったかと。
いまではエントリー数が全世界から約2万組。審査通過も2千近い規模になりました。

世界各地の音楽見本市も不景気の影響をモロに受けているにもかかわらず、SXSWだけが堅調な背景は、アーティストオリエンテッドなところでしょうか。

さてさて気になる今年の日本からのエントリー結果ですが、例年日本からは100組以上のエントリーがあるなか今年の審査通過は以下の26組と判明。
中にはスゴイ名前も出ていますが、はたして本当に出るのでしょうか?まぁ正式発表を待ちましょうか。

Takashi Kamide, White White Sisters, Vampillia,Monky Quartet, Moja, Hystric Vein, Zoobombs, Sonodaband,
Geeks, Shugo Tokumaru, Shuck Piggy, Lolita No.18, Natccu, Puffy shoes, Be-Peep, Cubisumo Grafico Five,
DJ Teraoka and the revolution, Zukunashi, X Japan, Mo'Some Tonebender, Your Song Is Good, Ydestoyed,
Milla and the Geeks, The Suzan, oh sunshin.

2011年1月19日水曜日

TOKYO BOOT UP! 2010 マレー・ラナー監督基調講演要約 (その3)

■音楽映画はニュース映画であってはなりません。
「メッセージ・トゥ・ラブ」という私の作品について話をしましょう。私は作品のテーマとアイコンとなるべき人物達を、フェスティバルの時系列では表現していません。それよりも、困難に見舞われたイベントをプロモーター、ミュージシャン、観客、島民の視点から痛烈に描きました。もちろん私個人の視点も取り入れました。
私は異なる考え方をしている数人の人物にスポットを当てました。何人も違う人に話を聞くより、ヒッピー、大工、海軍司令官、男爵夫人に繰り返し何度も話を聞く事にしました。
私はドキュメンタリー作品を撮る上で、対象をよく観察しています。そして、インタビューに答えてくれる人物と強固な関係を築くようにしています。真実とは観察すべきものを観察する事で初めて見つかるものだと信じています。対象を定義するには観察する他ないのです。よって、私は傍観者を見れば何が起きているか分かる、というのは真実だとは思いません。
音楽映像の話に戻りますと、製作者はミュージシャンや音楽に対し確固たる視点を持つことが大切であると感じています。そして、カメラ、編集、サウンド・ミックス等を使い、内なる音楽を表現するのです。したがって、演奏シーンばかりを撮影する必要はないと考えており、音楽的な流れを表現するには、感情が演奏に対して向かっている時に不協和音のぶつかり合う音楽的でない瞬間を観客に強要するより、単純に音楽を聴いて欲しいと思っています。
私は常に音楽の内側へ深く掘り進んでいこうとしています。それには、カメラと自分の体を思うようにコントロールできなければいけません。そこで、コンサートの1時間前には、フォーカス、ズーム等の練習をする様にしています。
さて、語られるべくは語ったかと思います。
最近似たような上映会がロサンゼルスであり、その中での質疑応答の参加者に、ローリング・ストーンズの初代マネージャー、アンドリュー・オールダムがいました。Live at the Isle of Wight Festival 1970を見た後、オールダムは感激し「この作品を撮ったことで、あなたはザ・フーの一員になった」と最大の賛辞を送ってくれました。
自分の内にある音楽を理解し、自分もバンドメンバーの一人だと考え作品を作ってください。決してただのニュース映像にはしないように!
どうもありがとうございました。

2011年1月16日日曜日

TOKYO BOOT UP! 2010 マレー・ラナー監督基調講演要約 (その2)

■映像に関わる経緯について
ここで少し私が映像作品に携わる様になった経緯を説明させて下さい。
私はハーバード大学で現代文学や詩を勉強していました。主に現代詩学、とりわけT・S・エリオット、エラ・パウンド周辺のアヴァンギャルドな作家達に惹かれていました。私は論文の中の一文で、ロシアの映画監督、セルゲイ・エイゼンシュテインについて言及する事にしました。エイゼンシュテインは日本映画についての論文を書いており「当時の日本映画は尊大で使い古された手法ばかりだが、日本文化には映画製作において新しい種を内包している」と語っています。いくつか例を挙げると、二つの異なる文字を組み合わせて別の意味が出来上がる漢字。そこからヒントを得て生まれたモンタージュ編集。物事を急進させる為の相反する物の連続的な衝突。これらは現代詩におけるムーブメント(音楽においても)の本質だと思い、映画に詩の感性を取り入れようと思い立ちました。当時の私はアメリカのルーツ・ミュージックに惹かれ、詩とは言語の中の音楽であると信じていました。
この論文が私を映像の世界へと導いたその日にあるヴィジョンが見えたのです。それは詩と音楽、ブルースとフォークの社会意識をブレンドし映画にして、人生観における新しい表現を作り出すことでした。この方法で詩と音楽、個々では不可能であった程、大勢の人にアピールすることができると考えました。それからすぐに、目指す未来の地平線の向こうにはボブ・ディランとレナード・コーエンがいるのだと気付いたのです。

それでは、私が皆さんの注目を浴びる事になった音楽ドキュメンタリーについてです。
どうやって私は音楽が映画制作における核だと理解できたか。
初めての音楽ドキュメンタリー作品「フェスティバル」の製作中に、私はマーシャル・マクルハーンの作品を読み、メディアはメッセージであるという主張に惹かれました 。すぐにマクルハーンの主張を作品に取り入れる事にしました。そして、音楽と音楽ムーブメントについての作品であっても、作品自体を一つの曲として扱う事にしました。新しいシーンを入れた時には、すぐに冒頭から見直して、作品が音楽として機能しているか確かめたりしたものです。
ナレーションは入れずに、作品を音楽と登場人物の会話で構築しました。私はエイゼンシュテインのモンタージュに傾倒し、機能しうる範囲で、予想も出来ない様な曲と曲を繋いでみたりしました。例えば、ボブ・ディランがエレクトリックに走った後に、全くエレクトリックで無い曲をつないだりしました。特にそうした事に理由はなく、ただこれで正解なのだとその時に感じていたのです。ヴェネチア映画祭の上映会では、千人あまりの観客が、手を叩いたり踊ったりしてくれました。
時間が経っても新しい可能性は常に意識していました。私は教育における考え方の作品を撮った事があります。私なりの主張を、ナレーションを入れずに、ポール・バターフィールドの音楽を用いて、音楽の流れで表現しました。
3D作品においては、イメージが観客とスクリーンを行ったり来たりする、催眠術のダンスの様な方法を個人的によく使います。
編集作業の過程では音楽性を取り入れる事を意識し続けています。これは言葉では表現しにくいのですが、編集中はリズムと常に調和している事、シーンの長さが変化する事で、そこに内包されているリズムが変化する事を忘れずにいて欲しいと思います。
映画は現実ではなく作り出された空想という考えに関連することですが、編集作業は私独自の流れで行いました。「フェスティバル」がその初めての作品です。時系列は一定ではありませんが、アメリカの若者が作り出した音楽のムーブメントの終焉というテーマを表現できたと思います。
ライブ映像作品でも、時系列は一定にしていません。
それぞれの曲が見せられるべきベストなタイミングがあると私は信じており、その信念に従ってシーンを構成しました。
例えばワイト島でのザ・フーを扱った作品です。ザ・フーは実際のコンサートではトミーをコンサートの中盤で披露しました。最初のラフ・カットが終わった時、トミーを中盤に演奏した事で、ライブのドラマ性が失われてしまっていると感じました。そこで私は作品の中でトミーを終盤に持ってきました。周りの熟練スタッフや編集者からも意見が出ましたが、私の決断が作品を一段上のレベルへと押し上げたと確信しています。(ピート・タウンゼントもこれに賛成しています)

つづく

2011年1月15日土曜日

TOKYO BOOT UP!2010 マレー・ラナー監督の基調講演要約(その1)

現在次回のTOKYO BOOT UP!の企画立案をしているところですが、
前回の資料が壊れたピュー太の中で生き埋め状態で四苦八苦しています。
メールの履歴を一つづつチェックして添付ファイルを探し、それを保存して縫い合わせをして、
記憶とファイルを接着しては少しずつ思い出してはまた反省することばかり。つくづくバカバカバカです。

さて見つかった大事なファイルに、基調講演のテキストがありました。
志津香さんの手が空いたところでホームページ上にアップしてもらいますが、いちはやく当ブログで公開をしましょう。

まずはその1。
ではどうぞ。


TOKYO BOOT UP! 2010 及びTHE 音楽映画祭開会式 基調講演要約
日時:2010年9月3日 
会場:東放学園映画専門大学院大学 201号教室



「映画とは音楽である」           
講演者:マレー・ラナー監督

本日の講演の中でキーとなる部分に言及する事が、ここでの役割だと理解しています。
基調演説では、私なりの映画、とりわけ音楽関連の映像作品の制作に置けるアプローチ方法を説明するべきと考えています。
まず初めに「私の映像制作に置ける基本的な要素」を説明しましょう。

■空想 vs 現実
映画は2Dであれ3Dであれ、全て空想であり、現実ではないと私は思っています。
その昔、映画は1インチのレンズで人間の目の高さでの撮影が絶対的基準と考えられていました。現代では600ミリのレンズ、望遠や広角レンズなども使われています。
映画とは、制作者の眼と手によって歪められた現実を伝えるメディアです。
大切なことは、制作者がこのポイントを理解しているかという事です。映画とは絵画の様に、文学作品の様に空想なのです。
特異な例を挙げますと、昨今の3D作品で観客達は、前述の手法と音楽の使い方に魅了されていると言えます。私の3D作品に置けるアプローチは2Dの作品をよりリアルに作り出す事ではなく、全く違った新しい形の空想世界を作り出す事にあります。これを理解せずに、大量に人員を投入し、単に3Dカメラを使って作品を撮った所でつまらなくなるだけです。最近公開された「U23D」はそういった失敗を犯してしまった作品だと個人的に思っています。私はそれと2D、写真撮影は同じで、現実ではなく、現実の再現でもない、レンズを通して現実を歪めたものと感じています。
例えば、遠くのマイケル・ジャクソンがムーンウォークをしている所を見ていると考えてみましょう。思い浮かべてみてください。静止したワイドなショットかもしれません。マイケルの顔や手のアップに徐々にズームインしていくというのも良いでしょう。魚眼レンズの様な超広角レンズ(私達はDistortionと呼んでいます)を使うことでも有りです。スローモーションや高速再生を使う手もありますね。
あらゆる技法には様々な使い道があり、絵の写り方はカメラマンにより変わってきます。そうして撮影された映像は、私達の見ている現実とは同じにはなりません。人間の眼は静止したカメラとは違い、風景から風景へ、どのカメラよりも素早く動き、眼に映るイメージを混ぜ合わせ脳内で3Dに変換しているからです。
この様な前提を元に、私は心の中で描いている音楽の流れやイメージを、編集やカメラで表現しています。
さて、私の映画制作に置けるもう一つの基本的要素を付け加えましょう。音楽は映画にとって魂である、という事です。別の言い方をすれば、映画とは音楽なのです。
映画とは時間的手法であり、全ての時間的手法は「音楽による時間」によってコントロールされるべきだと思うのです。
音楽とは時間という次元に存在する唯一のメディアです。したがって、私にとってカットの移り変わりは音楽に関わってくるのです。
映像のカットが移り変わっていく様は音楽的な感性によってコントロールされるものです。それはメトロノームのリズムの事では無く、編集過程での実験にあります。
一口に時間と言っても色々な種類があります。
時計における時間は、客観的に具体的に何分経ったかを教えてくれますが、体感上の時間というのもあります。個人の主観的な時間、時間の流れを我々がどう感じたかという事です。
この二つの時間のコントラストが作品に大きな影響をもたらす事もよくあります。音楽のリズムがミュージシャンの動きと異なっているシーンでは、激しい興奮状態を訴えかける事が出来ます。
こういった考え方は抽象的に思えるかもしれませんが、編集作業だけではなく、作品内での音楽の表現に大きく役立ちます。

つづく

2011年1月14日金曜日

東京タワー・ライブシリーズ無事閉幕

■2011年の初荷ライブこと1月10日東京タワーでのライブは、オンタイムに始まり滞り無く盛況の裡にオンタイムで終了しました。

■10日は身も縮まる寒さと北風にもかかわらず成人の日を祝うかごとくすっきり晴れ渡った快晴。場所柄、成人の日のお日柄も良く午前中からエレベーターホールは列をなしての大賑わい。外人観光客も多くさすが東京観光の名所です。

■さて、ファイナルとあってあらたに司会者を起用し転換時の空白を埋めてお客さんの滞留と定着確保を図りました。空白時間をゼロにして5時間ぶっ通す感覚を大事にしたかったのです。こういう場所では絶えずライブ感の確保がポイントです。ナマ感がアテンションを喚起しますから。司会者は重要です。さらに出演者のライブがよければ、もう完璧です。

■出演者との関係は、まずはメールに始まりライブ後の交流会で終わるまでの限られた間で主催者の作法に留意して人間関係を樹立していかなくてはなりません。出演までのコミュニケーションは一貫したTBUの空気を伝えるように心がけました。じつはこれがとても大事なことなのです。

■当日は、1階の受付でのおもてなしで好スタートを切らなくてはなりません。各自所定位置の確認、注意事項張り紙箇所、機材シールド類確認、出演者リクエストの最終確認、楽屋整理、物販位置改善、ステージ進行などなどこれまでの運営の正すべきところをバージョンアップして、また通路を行き交う人達への目配りにも注意してファイナルに相応しい有終の美を飾る共通認識がスタッフ全員にはありました。これもすべて次回のTOKYO BOOT UP!2011へ向けて意識をカラダに染みこませなくてはいけませんので。前回は、正直そこまで余裕がなかった猛省がいまもスタッフ全員を支配しています。

■まぁそんな準備と心得で迎えた本番の出来は、一言で、実に素晴らしい!出演者誰もが持ち時間を自らコントロールして思う存分ライブを楽しみそして次にトスしていく。それを見てこちらの気持ちに応えてくれている気がして、心が潤みました。この関係こそが主催者の深層を震わす最高の感覚なのです。タワーのような場所柄、不特定多数に向けて演奏する難しさが大きくそびえていますが、そこで掴むことを学んでいただきたくてあの会場を確保したわけです。それに応えてくれる出演者になる否やが実は主催者の真価が問われ気にすべきところです。それを肝に銘じて来る晩夏の次回本開催へ臨むということがスタッフ一同感じたファイナルになりました。これを忘れないように。

■早朝便で大阪より飛んできて噂通りの実力を披露したcarmine、アイドル並みのファン多さにびっくりさせられた優月、相変わらず無関心派も直ぐに惹きつけちゃう励まし屋のマジック、天性の歌姫感で行き交う人たちを立ち止まらせたArisa Safu and the Rovers、アカデミックをポップ感に仕上げ独自の華を添えたJe m’apelle(ジュマペール)、自由奔放なステージングとしっかりした音楽性で25分に立体感を創出したtoitoitoi、夕暮れが刻々と深まり安らぎを求める150mの空気に音楽の優しさと歌声で魅了したMayuka Thaisら延9組のとても見応えある5時間でした。不特定多数の人が特定のファンに成った光景を目撃してはこれほど嬉しいことはありません。事実CDが売れていたではないですか!そして1分も押さずに終わった運営。これちょっと出来すぎかと少々実は心配しております。加減を知らないってコワイことですから。次回も頼みます。

■最後に101組のご出演者の皆さん、東京タワーのスタッフの皆さん、「すばらしき地球の仲間たちへ」のスタッフの皆さん、そして快く司会を引き受けてくださった小笠原佐弥さんに、心よりお礼を申し上げます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。感謝多謝!<(_ _)>

2011年1月10日月曜日

本日150m空中ライブ@東京タワーCLUB333ついにファイナル

■明日(すでに今朝)は久しぶりに早起きを強いられます。
現場入が10時半とは、7時には起きないとボクのエンジンには火が付きません。
ポンコツを点火するには時間が要ります。まるで木炭エンジン。
まぁ正月の怠惰な生活リズムにおさらばするには調度良い。これでメリハリも付いてようやく戦線復帰の気分になります。

■現場とは、これ→『国際生物多様性特別企画SATOYAMA BASKET 「すばらしき地球の仲間たちへ」』協賛ライブ@東京タワーCLUB333
http://tokyobootup.jp/tbu/?p=2045

3ヶ月に及んだこのイベントもついに今日がファイナルです。
そして協賛企画として150mの空中ライブも定着したところでライブもファイナル。寂しいですが、とにかく若いアーティストたち延101組ご出演していただきました。
みなさんのご希望のお役に立ったかものか総括をいずれするとして…いずれまた復活できるよう頑張ります。
どうも大変ありがとうございます。

■きょうはTBU!2011準備室6人のスタッフが総出で9組がスムーズに演奏していただくように気を引き締めてヘルプいたします。
そうそうTV、ラジオで活躍中の小笠原佐弥さんが急遽企画意図に賛同して司会を引き受けてくださいました。
出演者も最後に相応しく広範囲に渡り無名有力が勢揃い。大阪からも早朝の飛行機でやってきます。

お時間がありましたら、12時から17時まで150mの大展望台CLUB333へどうぞ。

2011年1月7日金曜日

1枚のアルバムのために何曲聞けば・・・?

■昨日は訪日中の旧友と10年ぶりに再会。
彼女はNYで活躍中のスポーツマーケティングのプロですが、
日本音楽業界がスポーツマーケティングに学ぶことはたくさんあります。
とくに底辺から這い上がる環境で彼らが果たす役割は、インディシーン活性化のヒントになります。
業際豊かな視点に身を置くことを忘れてはなりませんわね。

■さて印象に残った彼女の言葉をご紹介しなくては。
「日本のTVに出てくる音楽は、全部曲が不味い」ですって。
見事に長年思っていたことをズバリ指摘されました。

■それは、今の音楽業界が、良い作家を発掘吸収し育む環境にない事実に眼を向けなければなりません。
例えば、20数年前ボクが洋楽マン現役でアリスタ(レコード)担当だった頃、アリスタ側に一枚のアルバムを製作するために一体何曲聞くのかと尋ねたら、社長のクライブ・ディビスは、バリー・マニロウの時は2000曲を集めそして全部聞いていると。200曲でも大変なのに。その10倍!この辺にまずは答がありましょう。
この点そのうち続編を。

では今夜はこの辺で。

2011年1月5日水曜日

音へのこだわり

■新年早々F1界では、規約改定をめぐり揉めています。
理由は、音。

■2013年の規約改定案は、エンジンをターボ4気筒とするもの。過去2度のワールドチャンピョン、ニキ・ラウダも「かすかなブンブン音より、もう少し大きいものを期待している」と反対。同感。F1のスペクタクルには、沢山ありますが、まずボクには音が重要です。F1好き歴約50年としては、その行方が気になるのです。

■12気筒時代のランボルギーニの12本のラッパ管から発せられる甲高い破裂音は楽器の域にあってそれはそれは美しいものでした。その次ぎがフェラーリのV12。当時ホンダ最強の時代にあっても残念ながらエンジン音の美しさにはイタリアものには敵いませんでした。

Ferrari V12 vs Lamborghni V12
http://www.youtube.com/watch?v=mn57GMIsyi8&feature=related

■ホンダ全盛の86~88年のターボエンジンは、楽器には程遠く爆発破裂音の武器の音。いかにもサムライ・エンジン。それはそれで武者震いし鼓舞される音ではありますが、高周波が奏でるV12の自然吸気型エンジンに軍配が上がります。

参考までに:Williams F1(FW11) Turbo HONDA 
http://www.youtube.com/watch?v=Ys4ukHDIvZc&feature=related

■さぁ~て、音といえば、ロック・バンドもまたしかり。音・おと・オトが命!特にライブは、音が気になります。
昨今ライブを見て感じることは意外に自分たちの音に固守していない傾向があるようです。忘れて欲しくないのは、そのバンド特有の音へのこだわり。ボクラは実はノイズを聞きたがっているのです。考えぬかれたノイズにこだわるバンドが少ないようで、ちょっと寂しい限りです。
オリジナリティ溢れる、音、是非期待します。

2011年1月4日火曜日

感動お裾分け 映画 "Brassed Off"

■Brassed Off(1996) 、大好きな映画です。邦題は、「ブラス!」。

Brassed offとは、怒りという意味がありますが、「怒り」では興味の喚起にならないでしょうし、ブラスバンドが主役なので「ブラス!」となったのでしょうね。元洋楽マンとしては、邦題付けには七転八倒の頃を思い出します。経験から言えば、邦題付の顛末は、あれこれ悩んだあげく大体時間切れで結局常套句を付けるワケです。この映画なら「怒りのブラスバンド!」「哀愁のブラス!」「涙のブラス!」はては「ブラス・オフ」と省力化とかで誤魔化しちゃっいます。そして批難ゴウゴウ。でもこの映画の邦題付けは、実に難しいと思います。

■その物語、閉鎖されるイギリスのある炭鉱町のブラスバンドのお話です。
人生の機微と音楽の力を描いた哀愁と洗愁の作品です。この辺は、欧州映画のオーセンティックなストーリーテリングと色合いで、到底ハリウッド映画にはできっこありませんねぇ。
いくつも感動的シーンがありますが、とくに受賞スピーチはピカイチ!

Brassed Off(1996) Danny's speech
http://www.youtube.com/watch?v=lKx3MUqzCcQ&feature=player_embedded

全国大会での優勝受賞スピーチなのに受賞拒否のスピーチになってしまうのですが…
炭坑閉鎖問題云々は割愛して特に印象的なところを要約するとこんなこと;
「バンド面々は、あのトロフィーが私にとって何よりも大事であるというでしょう。でもそれは、間違いなのです。
以前は、音楽は何ものにも代えがたい素晴らしいものだと。しかし、くだらん代物ですよ。人間の価値に比べたらトロフィーなんて。あのトロフィーを貰っても他人にはなんの意味もない。
彼らは、ただの人間です。ありきたりで正直者でまともな人間たちなのです。それなのに誰一人人生に希望を持っていないのです。たしかに美しい音を出し演奏をする。しかしそれが一体何になりますか?……ではこいつらを町に連れて帰ります。有難う。」とまぁこんな感じに。

■今年最初の感動をおすそ分けです。
この映画、是非ご覧のほど。
配給元は倒産してしまいましたが、はてDVDは手に入るのだろうか?

2011年1月2日日曜日

カウントダウン・ライブ悪くないねぇ

■大晦日、何年ぶりかでカウントダウン・ライブに出向きました。何年かぶりより11年ぶりですわい。

そのCDはこれです。→ http://www.marz.jp//

■主催はスワンソングカウンシル。主宰は鶉野さん。新宿Motion店長さんそしてabout tessのあのカッコイイギタリストでもあります。5年間でvol.12を数えます。継続は力なり。

鶉野さんとは昨年2月に出会ったばかり。以来とてもお世話になり刺激も沢山受けています。ボクラTOKYO BOOT UP!にとって、とてもベンチマークすべき人です。

■我が身、長らくこの音楽業界に生息し俗にいうメジャーで禄を得ていた分際としては、お察しのとおりインディシーンを左程知らないのが現状なのです。その意味で、各店の店長さんやスタッフさんは、ボクの指南役です。実に貴重な存在なのです。

大体、皆さん気持ちがよろしい。彼らに接するたびに日本の成熟している側面を見る思いです。ニッポン、みんなが言うほど、悪くはありませんぞ~。ボクから見たら、イイ方向へ移行している気がしてなりません。
その意味でも、お偉い人たちやメディアのご連中は、ライブハウスに来て感じれば良い!若く真っ当なエナジーを浴びなされ!それでも感じ無い人は、もうお終いですわね。チ~ン。

■で、慌ただしく会場のMotionに着いたのが、8時40分頃。受付でチケットを購入。ルーチンでどのバンドを見に来たかと聞かれ答えなくてはなりません。みんな!と言いたいのでしたが、去年最高の出会い方をした、オワリカラ、と答えましたら、受付の娘が(^^)として「彼らはMARZ出演なので」と言われ、こっちも一瞬正直困ったわいな。リストを見て、即返答。「はい、壊れかけのテープレコーダーズ」。貢献!

■運良くちょう度彼らが始まるところで後ろから付いてきた娘のような愛嬌ある娘に重いドアを開けてもらい、「壊れかけってカッコイイですね?」と問いかけられて、「イエイ」と答える気のいいオヤジにすっかり変身済み。会場での若い連中とのこんな会話ができるのもまた楽しいのであります。

■スタッフに椅子をご用意いただき腰を掛けようとしたら、オワリカラの河野君とバッタリ。彼の居方はいつも味がある。何と言ったらいいのか、沈着さというか動かざること山の如くつまりバンドの要で鎮座するドラマーに相応しい居方なのであります。プレーしかり若手ドラマーでダントツですなぁ。

■さてその後グーミーへ、河野くんの説明を受け拝見。実にセンスが好い知的は武器です。続き東京カランコロン。これもめっけもん。ソングライティングのセンスがとても良い。ギッチョのベース、ありゃ面白い。仲間もその辺分かっていてサイコー。ロッカーは愛される素養が要ります。そのひとつに「オバカさん」があります。力とユーモアを備えています。もちCD買いました。

■そして、噂の「太平洋不知火楽団」。Motionでのトリ。出演前に会場隅っこでオリオンビールで喉を潤し気を落ち着かせる笹口クンをチラリ。気構えが垣間見えるのもライブハウスの好いところ。その雰囲気がその後の変身ぶりを予感させるもの。彼らは持っているんです。ロックをやるやつに染み込んだ匂いというか臭ささですね。直感的に分かります。その後の変身、ファンならご存知のとおり。力の入り方が飛んでいる。

完全にノックアウトされました。おやじの負け。なぜか泣いちゃいました。不知火、凄いわ。腹の括り方が違います。遅まきながら、2010年のギリギリのうちに彼らを体験できて大満足。
2010年は「オワリカラ」と「太平洋不知火楽団」を知り、鈍っていた現役意識が刺激を受けました。これは大きな収穫です。いま毎夜錆びた現役感を研いでいるのです。待っててや~。

ところでオワリカラの津田・亀田両君も楽しそうにダイブしてみんなの頭の上で転がっていやした。分かる!こっちもそんな気分でありました。そのあと津田くんとは目があってしまった。アハハハハ。

■残念ながら、その後の老体には朝からの飯抜きが祟りエナジー切れで白旗退場。せっかくのTHEラブ人間とオワリカラ、そしてabout tessをお預けにしてヨロヨロで帰宅。お楽しみは持ち越し。疲れたけれどサイコーなカウントダウンの年跨ぎでありました。

2011年1月1日土曜日

無名有力新年

みなさま、明けましておめでとうございます。

○旧年は、とくに最後のふた月、まぁ札づきとか訛って言いたいほどなにかと大変でしたが、まぁどうにか年を越しました。そんなものなのでしょうね世の中。これも皆さんの、お・か・げ。
まっこと、ありがとうございます。

○ところで、気分一新で、新たにブログを立ち上げました。それが、この「無名有力」。こんなことを強く意識しだしたのが音楽を聞き出し楽しみだした頃のこと。中学生の頃です。クラスで洋楽好きはボクを含め二人しかいませんでした。

○当時の1クラスって、50人くらいいました。ですから4%になるかなぁ。幸運にもボクのクラスだけ二人でした。あとはいるかいないか、いても一人でしたね。まとまりのよいクラスになんか誰もおりませんでした。なぜかそれが象徴的な記憶があります。

○その意味でも完璧に孤高孤立の洋楽域でようやく生きておりました。ましてや保守王国福島のスモールタウンでは、洋楽ファンなど異分子でしたが実にそれが楽しかった。

○そのときに痛感したのが、無名ほど力がある!
有名どころなんて無力じゃい!

○まぁ関心がない人にはアタリマエのことですが。以来無関心の人たちにどう興味の喚起を試みたらよいのか?がボクの人生を決定したような、羅針盤になりました。

○お陰さまでそんな斜めに見るスタイルが未だに少しは燻っている訳です。そんな感じのマイペースで(つまり気が向いたら)更新をば………

どうぞよろしく。

そういえば、今年で5回目の年男です。いくらなんでも早すぎ!ガハハハハ